Ken's blog

日々、生きている中で思ったこと、言葉にしたいと感じたものを書いています。

今後を考え直す機会を得られた

仕事が無くなった事を機に、『続けてきた仕事』と『日々の過ごし方』を考え直す機会を得られました。

 

具体的には、30代になり将来の事を考える中で、

  • 今の仕事を続けていって良いのか?
  • 今の働き方で良いのか?
  • 自分の人生のゴールはどこなのか?
  • 必要な物と不要な物は何なのか?

などを、考え直す必要性を改めて感じています。

 

転職してきた中で、『自分の適性』と『希望する働き方』が合致する仕事に、徐々に巡り会えるようになりました。

その結果、働く事への精神的な負荷は減らせるようになりましたが、『仕事の単価を上げて働く時間を減らす』という方針を、なかなか達成出来ずにいました。

 

お金がある事が全てではないですが、お金がある事でストレスを減らせたり、選択肢を広げられる事を考えると、経済的に不自由しない状態を将来的に目指していきたいと、改めて感じています。

 

また、理想と現実との差を埋める為に、『何が必要で何が不要なのか?』を日々考えて改善し続ける大切さも感じています。

とはいえ、『何が分からないのかさえも分からない』というプチパニック状態になる事もあります。

その為、ゴールを明確にし、現状を分析して、足りない物を把握し、埋める為の行動を起こす、と素人ながら計画して行動に結び付けていくつもりです。

 

人生が停滞している関係で気分が沈む事もあり、「残りの人生が長すぎてつらい…。もう飽きてきたんだけどなぁ…」と、人生を早く終わらせたいと考えてしまう事もあります。

今はこんな状態だけれど、『将来振り返った時に笑い話に出来るといいなぁ』なんて、期待を込めるくらいしか気を紛らわせられない。

少しずつでもいいから、人生を好転させていきたい…。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

外出自粛要請の延長が予想される

新型コロナウイルス感染症の影響で、不要普及の外出自粛要請が4月7日に政府により発令され、5月6日までとされています。

 

ただ、日々の新たな感染者数は、東京都を例にしても大体120名前後で推移しており、大幅な減少には至っていません。

このままの状態では収束はおろか、5月6日までの外出自粛要請が延長される可能性が高いと考えています。

 

不要不急の外出自粛要請が出されていても、通院、食料品の買い出し、出勤、運動、などにより、人々の外出はあまり減っていません。

政府は、『最低7割、極力8割、人との接触を減らしてほしい』としています。

ただ、7割の削減には到底至っておらず、街を見れば人々は普通に出歩いている事が多いです。

 

なぜ人々が出歩くのかというと、食料品の買い出しや通院を除外すれば、仕事をしなければ生活費を得られないからです。

政府は、収入が減った人への金銭面での支援策はもとより、1人あたり一律10万円の現金給付を決めました。

また、支援策の中には、使途を問わない無利子の貸付制度もあるようですが、あまり浸透はしていないようで、仕事がある人はテレワークを除いて普通に通勤しているようです。

 

一律10万円の現金給付だけでは、その場しのぎのようなもので、仮に外出自粛要請が延長されれば、追加の支援策は必須だと思います。

 

1つの案として私が考えているのは、国民の生活に不可欠な、医療、介護、警察、消防、スーパーマーケットの店員、食料品の運送業、など以外は、外出を1ヶ月間、法的に制限するというものです。

外出自粛要請による、だらだらとした収束を目指すよりも、短期集中で余程効果があると思っています。

 

外出自粛要請が延長されるのか、政府が次なる1手を打つのか、対応が気になります。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

アニメの中での勧善懲悪と、関係性の描写の難易度

5歳くらいの子どものお世話をする事があるのですが、先日、戦隊ヒーローのアニメを一緒に観ていて、気になった事があります。

それは、『人物同士の関係性や葛藤の描写が、子どもには分かりづらいのではないか?』というものです。

 

アンパンマン、戦隊ヒーロー、プリキュア、など、幼児や小学生向けのアニメでは、勧善懲悪をベースに人物同士の葛藤や関係性も、背景に描かれています。

ただ、葛藤や関係性の描写が、子どもには分かりづらい(難易度が高い)設定や背景になっている事も多いと感じます。

 

単純な勧善懲悪であれば、アンパンマンが良い例で、

バイキンマンが出て来る

→顔が濡れて力が出ない

→助けが来る

→復活してアンパンチ

という流れで、とても分かりやすいです。

 

ただ、戦隊ヒーローやプリキュアなど、アンパンマン以外のアニメでは、人物同士の関係性や葛藤の描写が複雑になっている事が多く、大人が観ても分かりづらさを感じました。

登場人物毎の気持ちを考えさせる情操教育なのではないか?とも思いましたが、大人でさえ分かりづらいのに、子どもには余計に分からないと感じました。

 

これは推測ですが、戦隊ヒーローやプリキュアは、1回あたりの放送時間の長さや、1話完結よりもシリーズを通しての内容である事から、単純な勧善懲悪だけだと内容が薄くなってしまうからではないかと考えました。

また、こうした複雑さを出す事で、大人(保護者)が観ても楽しめるようにしているのではないか?とも思いました。

実際、戦隊ヒーローの番組に出ている俳優さんは、男女問わず素敵な方が多いので、俳優さんを見るだけでも楽しめますね。

 

今回は、こんな事を考察してみました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

最近の思い

最近、仕事や私生活に関しての色々な思いが、頭の中に溢れているので、一旦書き出してみます。

 

昨年末で仕事を辞めて、個人事業主になりました。

精神的負荷は勤めている時に比べれば10分の1ほどとかなり減らせており、格段に前向きに過ごせています。

最近は仕事漬けの日々で、実績を積んでおり、1年8ヶ月ほど続けてきた結果、軌道にも乗り始めました。

将来の不安と、体力面での辛さはありますが、今を一生懸命生きる事にしています。

退職の件は母には以前に話をしました。父とも最近話を出来て、「自分で決めた事なら頑張りなさい」と勇気付けて尊重してくれたので、1歩前進出来た感じです。

 

仕事漬けの日々で、「体力がもう少しあれば…」と常々感じているので、スポーツジムに通って筋力を上げて疲れにくくしたり、体格を変えていったりしていきたいです。

さいわい、時間の融通は会社員の時よりは格段に効くので、コロナウイルスが落ち着いたら、ジム通いを本格的に進めていきたいです。

 

服装などの容姿も変えていきたいと思っています。

私は童顔なので、服装だけでも大人っぽくしたいと思っています。

まずい事に、ここ数年、上の服を買っていないので、年齢不相応な服装で若干恥ずかしい時があります。

コロナウイルスで買いに行くのをためらっていますが、ワードローブを徐々に充実させていきたいです。

 

結婚に関しても、どうしていくべきなのか色々と考えています。

実家で家族と過ごす事は、生活リズムや価値観(テレビの必要性、代謝の違いによる希望室温の相違、食習慣、など)が違うので煩わしいと感じる事が多くあります。

引っ越しも検討中です。

最近、1人でいる事に飽きて来ている事もあり、パートナーがいれば生活がより充実するのではと思っています。

依存になってしまうので、パートナーに心の隙間を埋めてもらおうとはそこまで思っていませんが、生活の中で感じた事を気軽に話せる人がほしいとは思っています。なぜなら最近、仕事関係の人としか話をしていないからです。

価値観の違いから話が合わない人も多いので、仕方ないとは思っていますが、話し相手が欲しいと以前から思っています。

また、現在どちらかというと子どもは欲しくないです。経済的な理由もありますが、現状では生きる事を辛いと感じており、そんな辛い道を自分の子どもにまで歩んでほしくないと考えているからです。

結婚は本来、貧乏な人同士が支え合うための制度だったと聞いた事があります。

経済面で支え合いつつ、心理的にも助け合える人と出会えればと思っています。

 

パソコンの購入も検討しています。

Windows7のサポート終了に伴い、OSの更新も考えましたが、スペック的に難しかったので、使っていたパソコンを今はオフラインで使っています。

でも、ネットに繋げていないとやっぱり不便で、今はスマホのバックアップと書類作成などをメインに使っています。

機会損失を防ぐ為にも、新しいパソコンを導入していきたいです。

 

最近、金使いが荒いわけではないですが、躊躇なく使う事が増えました。

特に、喫茶店やファミレスに入り、隙間時間を仕事の準備や読書時間に当てたり、待ち合わせに間に合わせる為にタクシーを多用して移動時間を短縮したり、という事が増えました。

必要経費や投資だと思っているので、特に問題には感じていません。

お金は稼げば手に入りますが、使える時間は有限なので、今後もお金で時間を買うスタイルは続けていくでしょう。

 

総合して何を言いたいのかと言うと、『30代を有意義に過ごしたい』という事です。

仕事、私生活ともに、上を目指していきたいと考えています。

仕事を軌道に乗せたり、心身の健康を充実させたり、容姿を年齢相応のものにしていったりと、やりたい事は多くあります。

仕事を変えて不安に感じている面もありますが、今後の劇的な変化を将来の自分に見せつけていきたいです。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

レオちゃん 11歳おめでとう!!

先日、実家で飼っているトイプードルのレオ君が、誕生日を迎えて11歳になりました。

人間でいうと70歳くらいです。

 

以前の記事にも書いたように、足の脱臼から元気が無くなっていましたが、徐々に回復し元気になりました。

 

ただ、冬本番になり寒いので、少し元気が無いです。

この間トリミングに行き、伸びた毛を短くしてもらったので、余計寒そうにしています。

 

レオはこたつが大好きで、こたつに入るおばあちゃんのそばで、一緒によくお昼寝や仮眠をしています。

その為、レオの事を我が家では「こたつ犬(こたつけん)」と呼んでいます。(前世は猫だったのではないかと思うほど、こたつが大好き。)

 

お散歩も大好きなのですが、外の寒さから天気が悪い日は中止したり、時間を短くしたりする事が増えました。

 

高齢になり、レオとのお別れが徐々に近づいている事は、少し前から分かっているつもりです。

寒さで元気が無く、こたつのそばで暖まってじっとしている事が多いです。

その為、時々確認しないときちんと生きているのか分からず、心配になります。

 

レオにはこれからもなるべく長生きしてほしいですが、無理な延命治療をしようとは思っていません。

だからこそ、一緒に過ごす時間はたくさん触れ合ったり、暖かい日や時間帯を選んで、短時間のお散歩に連れて行ったりと、レオにとって良い時間になるようにしていきたいです。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

「うちの子、人見知りしないから」は場合による

幼い子どもを預かる事が時々あるのですが、「うちの子は人見知りしないから大丈夫」と言われた場合でも、泣かれてしまう事もあるので、

(大丈夫って言ってたけど、人見知りが凄くて、泣きっぱなしだぞ?!(汗)適当な事を言うなよ…)

と心の中で思う事が多いです。

 

そこで今回は、『人見知りはありません』という言葉の信憑性について探っていきます。

 

そもそも人見知りとは、家族以外の人を怖がって泣き出したり、お母さんにしがみついて離れなかったりする事を言います。

 

幼い時は、愛着の対象である親から離される(もしくは姿が見えなくなる)と、自分の事を助けてくれる頼りになる人が近くにいなくなるので、泣く事で親に助けを求めます。

 

「うちの子は人見知りしないから大丈夫」と親が言う場合、特定の条件下で泣いていないだけではないか?と思います。

例えば、

  • 他の人に抱っこされたりしても、親がすぐ近くにいて、親の姿が見えているから泣かずにいられる。
  • その時の機嫌が良い。
  • 会った人の表情や接し方が笑顔で好意的。

など、親の姿が見えていたり、機嫌が良かったり、好意的な人だったりと、泣かなくても恐い思いをしなくて済むと判断しているのだと思います。

また、その子どもがこれまでに、他の大人と多く関わってきていて、『親以外の人に慣れているか?』も、人見知りするか否かの重要な要素だと思います。

幼い子でも、人見知りするかは個人差や、その時の状況によるので、総合的にみると、もはや運に左右される感じです。

だから、「泣いてるけどしょうがないか」、と気楽に考えていこうと、今回の記事を書いて思わされました。

 

今回は、人見知りについて考察してみました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

信じて頼ろう!相手を信頼する事も大切。

最近、『相手を信頼する事も大切なのでは?』と思う事が増えたので、今回はその事について書いていきます。

 

相手を信頼した方が良いと私が思ったのは、職場で同僚と働いている時の事です。

私が担当している業務は、同僚にも出来る事なのですが、今すべき必要な業務に同僚が気付かない時もあり、「自分でやった方が早いな…」と思ってしまう事もありました。

でも、雑務まで何でもかんでも自分がやっていると、本来の業務がおろそかになってしまう事もあるので、同僚を信頼して気付くまで任せる事も必要ではないか?と思いました。

確かに、「〇〇してもらっていいですか?」と聞けない、自分と同僚との信頼関係の低さにも問題はあります。

仕事を頼みたいのは山々なのですが、同僚にも色々な性格の人がいます。大雑把だったり、適当だったりと、私が適切だと感じる価値観とはかけ離れた言動を平気で行う人も多いので、自分でやった方が仕事の質を保てると感じてしまいがちです。

 

『信頼』は、『信じて頼る』と書きます。

任せていない(任せきれない)という事は、相手を信じていない、という事です。

「愛されたければ愛しなさい」という言葉と同様に、「信頼されたければ信頼しなさい」という事なのだと思います。

 

私は真面目な性格が災いし、人任せにする事や、相手を頼る事、何かを依頼する(作業や指示を振る)事が苦手です。

一人一人の力では、行える仕事には所詮限度があります。だからこそ、お互いを信じて頼る事が必要なのだと、改めて思わされました。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。